ジンベエザメの遊泳経路調査

世界最大の魚類・ジンベエザメを展示するためにかごしま水族館が選んだ方法

水族館機関紙 さくらじまの海 第6巻 第3号 特集「ジンベエザメ海に帰る」より

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 ジンベエザメは貴重な生きもの

ジンベエザメは魚類のなかでは世界最大種で、最近の報告によると全長20メートル、重さ35トンという巨大なものが記録されています。海で人間がジンベエザメと出会うチャンスはとても少なく、その生態は現在でも多くの謎が残されています。ところが最近、台湾などで「フカヒレ」をとるためにかなりの数のジンベエザメが漁獲されるようになりました。漁業技術の発達は、この巨大魚でさえも漁獲可能とし、1年間に数百頭のジンベエザメが人間のために海から消えていくようになりました。このままではジンベエザメの数がどんどん少なくなっていく、という声が各国から持ち上がったため、2000年に世界的な保護政策が打ち出されました。国際自然保護連合(IUCN)が、絶滅のおそれのある野生生物についてまとめた「レッドリスト」のなかで、ジンベエザメを「絶滅危惧種類」としたのです。さらに、野生動植物の国際的な取引を規制しようという「ワシントン条約(CITES)」の対象種に指定されるのも時間の問題となっています。このような世界の情勢をみると、水族館としても「客寄せのためにジンベエザメでも展示しよう」といった安易な考えを持つことは許されないでしょう。

 それでもジンベエザメを展示する?

かごしま水族館には、鹿児島県の海で見ることができる生きものをできる限り紹介し、その魅力をたくさんの人に知ってもらいたい、という思いがあります。ジンベエザメについても例外ではありません。鹿児島県では定置網という漁法で、毎年数頭のジンベエザメを目にすることができます。しかし他の国々のように食べたりしないので、網にかかってもすぐに海に戻されます。ジンベエザメが鹿児島県の海、それも岸からすぐ近くにやって来るということは、驚くべきことなのです。そのことを知っているのは漁師さんやダイバーなど、ごくわずかな人たちだけです。子供たちや、海とかかわることが少ない人々にも「鹿児島の海には地球で一番大きな魚がやってくる」ということを紹介することができる唯一の場所が水族館ではないでしょうか。

ジンベエザメが泳げる水槽

近年の建設技術の進歩によって、水族館の水槽はますます大型化されています。これによって、いろいろな生きものを同じ水槽に入れて海の中の自然な風景を再現することや、今まで入れることができなかった大きな生きものを飼育することが可能となりました。いったい現在の水族館の規模では、どれくらいの大きさの生きものまで飼育することができるのでしょうか?かごしま水族館で、いちばん大きな黒潮大水槽は、日本でもベスト5に入る大きさで、縦13メートル、横25メートル、深さ5メートルあります。全長13メートルにも成長するジンベエザメは、この水槽で元気に泳ぐことができるでしょうか?

定置網にかかったユウユウ

定置網にかかったユウユウ

「かごしま方式」によるジンベエザメの展示

結論は「水槽のなかで、ジンベエザメは、親になるまで生きることができない」でした。そこで、かごしま水族館は、ひとつの方針を打ち出しました。「黒潮大水槽でも十分に泳ぐことができる大きさのジンベエザメを展示しよう」というものです。小さなジンベエザメを水槽で飼育して、全長5.5メートルになる前に海へかえす方法です。もちろん海へかえす時には、十分な野生復帰のトレーニングをしてからです。この方法なら野生のジンベエザメの数を減らすことなく、水族館を訪れる人たちに紹介することができます。  この方法が可能かを探るために、私たちは定置網に入るジンベエザメの調査から始めました。1997~2002年の調査によると、県内では全長3.8メートル~約10メートルのジンベエザメが、年間5~8頭、網にかかることがわかりました。また水温が21~28℃となる5~10月の暖かい時期だけ網にかかり、冬場は鹿児島県から姿を消すこともわかりました。

ジンベエザメがやってきた

2000年10月20日、高山町の定置網に全長4.25メートルのオスのジンベエザメが入りました。翌日から笠沙町にある海上イケスで、水族館の水槽で生活するためのトレーニングをはじめ、11月20日、ついにジンベエザメが黒潮大水槽にやってきました。小さいといっても4メートル以上ある巨体は、見る者すべてを無条件に圧倒してしまう、そんな大きな力を持った生きものです。一躍、水族館一の人気者になったジンベエザメは、公募によって「ユウユウ」という愛称が与えられました。水槽を泳ぐユウユウを見る子供たちの表情と歓声は、ジンベエザメを展示したことは間違いではなかった、と確信させるものでした。

ジンベエザメ・海に帰る

ユウユウの成長は速く、1年半を過ぎる頃には全長が5.1メートルになりました。2002年夏のことです。このまま成長すると5.5メートルになるのは水温が低い冬場になってしまい、海にかえすことができません。このため水槽から出すのは7月24日に決定しました。5メートルもの巨体を水槽から出すのは、とても人間の力では無理なので、自分から輸送容器に入るトレーニングを1ヶ月前から開始しました。輸送容器とそっくりな筒を、ユウユウがくぐり抜けるようにするものですが、当日、本物の輸送容器に入ってくれたときには、職員全員で手を取り合い喜び合いました。その後、笠沙町の海上イケスで、水族館で与えていたオキアミ中心の餌を、カタクチイワシのシラスや小型プランクトンに切り替えるなど、海での生活に必要なトレーニングを続けました。これにもユウユウはすぐに慣れ、イケスの中を泳ぐ生きたキビナゴの群れを、自分で追いかけて食べるまでになりました。これなら海にかえしても生きていくことができると判断して、8月1日、ユウユウを大海原へかえすことになりました。当日は、鹿児島市長をはじめ、笠沙町の子供たちや漁師さんたちが参加して、船上で盛大なお別れ会がおこなわれました。「今までありがとう」という大勢の人たちの声に見送られながら、ユウユウを入れた輸送容器は、放流場所である笠沙町の沖へ出航しました。沖に進むほど、ますます海の色が濃い青色にかわっていきます。なつかしいにおいでもするのでしょうか。沖に進むほど、ユウユウの動きがそわそわしだしました。約2時間後、輸送容器から出されたユウユウは、青い青い海に溶け込むように元気よく消えていきました。

ジンベエ搬出訓練

ジンベエ搬出訓練

水槽で元気に餌を食べる

水槽で元気に餌を食べる

大水槽から出されたユウユウ

大水槽から出されたユウユウ

秘密兵器・ポップアップアーカイバルタグ

秘密兵器・ポップアップアーカイバルタグ

かごしま水族館とジンベエザメ

ユウユウの背びれには、発信機が取り付けられていました。海にかえしてから2ヶ月後の9月末に、それまでの回遊経路が、人工衛星によって私たちの手元に届きました。どうやらユウユウは南へ向かって移動し、屋久島付近まで行ったようです。なにより一度水族館で飼育されたジンベエザメが、再び海で元気に泳いでいる、ということがわかっただけでも大きな収穫です。かごしま水族館では、鹿児島の海でジンベエザメがみられる限り、この「かごしま方式」でジンベエザメを紹介していきたいと思います。もちろん、定置網に入った野生のジンベエザメにも、できる限り多くの発信機を取り付けて海にかえし、鹿児島にやってくるジンベエザメの回遊経路を明らかにする調査も続けていく予定です。

ユウユウは今頃、どこで何をしているのでしょうか。大海原で子孫を残し、いつまでもジンベエザメが「地球で一番大きな魚」でいてもらいたいものです。